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SMMA東日本大震災 ミュージアム被災と復旧レポート
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こども☆ひかりプロジェクト 「ミュージアムキッズ!全国フェアin熊本」 参加レポート

 

全国のミュージアムから、熊本の子どもたちへ

 

2017年6月17日と18日、熊本県山鹿市にある熊本県立装飾古墳館で開催された『こども☆ひかりプロジェクト・ミュージアムキッズ全国フェア』に、SMMAからスタッフとして参加し、熊本の子どもたちを対象とするワークショップのお手伝いをしてきた。

東日本大震災をきっかけに、被災地の子どもたちに笑顔をプレゼントしようと立ち上がった『こども☆ひかりプロジェクト』。兵庫県立人と自然の博物館と、そこを拠点として活動するボランティアの清水さんが中心になり、全国のミュージアムや学芸員、さらに大学生ボランティアが任意に参加することで続けられてきた活動である。主として仙台など東北の被災地に集まって、子どもたちにさまざまな体験型のワークショップを提供するとともに、その活動に参加する地域の学生ボランティアの養成にも力を入れてきた。プロジェクト開始から5年目を迎えた昨年の6月、初めての試みとして『ミュージアムキッズ!全国フェア』が、仙台市卸町にあるサンフェスタを会場に大々的に行われたが、二日間で六千人を越える親子連れで賑わったのでおぼえておられる方も多いのではないだろうか。プロジェクト6年目となる今年は、2016年の震災によって甚大な被害を受けた熊本に会場を移し、ここにレポートする全国フェアの2回目が開催されることになったのである。

17日の朝、スタッフの集合場所である博多駅前にはすでに大型の貸切バスが待機していた。仙台から参加する地底の森ミュージアムや縄文の森広場、仙台市科学館のメンバーも含め、全国から集まったスタッフたちとともバスに乗り込み会場へ向かう。バスから見える風景の、ふるさと東北との違い、とりわけ田植えが6月半ばを過ぎた今始まろうとしていることに驚きつつ、2時間弱のバス旅行は、熊本県山鹿市の小高い丘陵地帯にある熊本県立装飾古墳館に到着して終わる。実際の装飾古墳をもとりこんだ広大な敷地の中央に建つ建物は、安藤忠雄の設計。熊本県内の主要な装飾古墳の玄室が、館内に実物大で再現展示されており人気を集めている。

 

私たちが到着したときには古墳館の周囲にはすでにたくさんのテントが張られていた。まだ6月というのに、真夏のような日差しに照らされて、広大な芝生の緑と、そこに立ち並ぶテントの白の対比がまぶしい。テントと館内の一部を使って設けられた35カ所のブースに、北海道から沖縄まで全国各地40館以上のミュージアムがジャンルを問わず参加し、そこに参加館の学芸員や地元九州や遠く東北の学生ボランティアなど、総勢約140名にのぼるスタッフが集まっている。13時の開場を前に、全スタッフが屋外階段広場にしつらえられた特設ステージ前に集合したが、そのようすはすでに壮観ですらあった。

 

私たちが仙台から届けたもの

 

スタッフとして私が担当したのは、仙台市科学館とSMMAが入るブースである。科学館の石川歩さんと地元の学生ボランティアさんとの3人でブースを設営し、あらかじめ送っておいた材料や展示物を並べる。科学館が用意したのは「つくって飛ばそう!リングリンググライダー」。一本のストローの両端に幅2センチほどの大小の紙のリングをつければできあがり。リングの小さい方を前にしてストローを真っ直ぐ押すように飛ばせば、あらふしぎ、見たことのない形のグライダーが青空にむかってまっすぐに飛んでいく。私たちのブースの中では、仙台市博物館のワークシート「よろい着せ替えシート」、仙台市天文台のフリーペーパー『ソラリスト』に掲載された力作「星座の紙ずもう」と「カードゲーム」の2種類を配布しつつ、それぞれその場で遊んでもらえるコーナーも用意した。よろい着せ替えシートは、私が博物館でプレイミュージアムを担当していた時代に、イラストから描き起こしたもの。それが二十数年を経てまたこうして熊本で使えることは制作者冥利につきるうれしいことだった。いっぽう天文台の星座紙ずもうは、春の代表的な星座を東西五つずつ選んで力士に見立て、星図の土俵の上でたたかわせる趣向。星座の選び方や力士としてのキャラクター設定など、専門家ならでは凝ったつくりで、遊びながら星座に詳しくなれるすぐれものだ。

隣のテントは、同じ仙台からきた地底の森ミュージアムと縄文の森広場のブースである。用意したのは、縄文の森の佐藤祐輔さんによる石器づくりの実演のほか、地底の森の那須美里さんと学生ボランティアによる「せっきであそぼう」と題するワークショップ。石器時代と同じ材料製法で作られた石器でいろいろなものを切ってみるほか、科学館コラボ企画として石器で作る種子の飛行機づくりにも挑戦。そして極めつきは、こども☆ひかりプロジェクトが招聘するかたちで参加した「旧石器人がやってきた」のふたり。活動趣旨からあえてお名前は伏せるが、劇団に所属するかたわら、地底の森を舞台に旧石器人としての活動を続けている。

 

子どもたちの反応~仙台ブースにて

 

なんとか準備が整い開場時間の13時になると、待ちかねた親子連れが思い思いのブースになだれ込むようにむかい、たちまち会場全体に子どもたちの歓声が溢れた。中には親の手を引っ張るようにしてお目当てのブースに駆け寄る子どもたちもいて、人気のブースは整理券が配られるほどだ。

仙台ブースのスタッフは原則としてスタッフ全員、仙台市が観光キャンペーン用につくった竹に雀紋入りのそろいのはっぴを着てスタンバイした。大きく染め抜かれた仙台の台の字が旧漢字だったことや竹に雀が九州ではさほど知られていないであろうことから、私たちが遠く仙台から来たことがどこまで伝わったかは定かではないものの、はっぴの生地やデザインをファッション美術館の方からお褒めいただいたのはうれしかった。

私たちのブースの位置が入り口から一番遠かったことや、所要時間がとても短かったこともあり、整理券を発行するほどの列にはならずにすんだが、それでも科学館の「リングリンググライダー」には次々と子どもたちがやってきて、私たちスタッフはてんてこまいとなった。作りかたと飛ばし方をそれぞれ分担して教えることにしたものの、落ち着いて休む暇がないほどの忙しさだった。科学館が誰でも簡単に工作できる特製の台をあらかじめ用意していたこともあり、二日間で666人もの子どもたちがこのグライダーを作ることができた。ボランティアを含め3人のスタッフでこの数をこなしたのは、科学館としても新記録だそうだ。

隣の石器ブースでは、子どもたちが石器を使った工作に挑戦する脇で、大人たちは石器づくりの実演を取り囲んでいた。ブースから特設ステージに飛び出しての「石器づくりショー」は「旧石器人」たちも助手に入り、軽妙なトークや旧石器人の不思議なアシストもあって、歴史をまだ習っていない子どもたちにも大人気だった。小さい子どもたちにとってこの体験は、石器時代の暮らしを学ぶというより、むしろ見知らぬ異文化との出会いであったり、石が刃物の代わりになることへの驚きであったりするかもしれない。それがその子の将来の学力向上に資するかどうかはわからないが、少なくとも、こうした体験を重ねることこそが、より豊かな人間観に基づいた、字面だけではわからない奥行きのある歴史観を育むことにつながるのではないかと思う。

会場には、くまモンや、京都国立博物館が生んだ超人気キャラクター「トラりん」も特別にやってきてくれて、会場内のブースをあちこち渡り歩いては、子どもたちの歓声に囲まれていた。そこにいくと、仙台からやってきた「旧石器人」たちもある意味キャラクターではあるのだが、そのアプローチはいわゆる「ゆるキャラ}とはまったく異なる。あくまでもリアルさにこだわった衣装とメイク、私たちの文化や言葉を解さない容赦のない異人ぶりは恐ろしげでさえある。この日、「旧石器人」はこんな感想を述べている。「狩人のしゃべっている言葉に対して、片言の英語で答える子供、はにかみながら、首を傾げ続ける子供、泣くのを必死にこらえながら考える子供などなど、いろんな表情がありました。しかしながら、名前をお互い呼び会えた瞬間の『キョトン』としたとしかいいようのない表情と、その後の笑顔が、すごく根源的に大切なもののような気がしました。」恐ろしさのあまり泣き出しそうな子どもたちを前にしても、「旧石器人」はひるむことなく異世界の住人を演じ続け、その先にある言葉を超えた何かを伝えようとしていたのではないかと思う。「旧石器人」達が狩人を演じるにあたって心がけているのは「異人として人びとを祝福する」ことだそうだ。その意味では、宗教的芸能である「門付け」の考え方に通じるものがあるのかもしれない。

 

成功した2回目の全国フェア

 

会場全体の2日間の来場者総数は約4400人、ワークショップ体験者数は延べ15472人(カウントできた分)である。昨年の仙台での入場者数を若干下まわったが、仙台の周辺人口や交通の便、これまでの活動による周知度から考えると、熊本では予想をはるかに上回る来場者数を数えたといえるだろう。

虫や魚からペンギンにいたるさまざまな生き物、さらに民俗楽器やさまざまな昔の道具に直接触って体験したり、自然の素材や科学の原理を応用した工作や実験に挑戦したり、床に敷いた大きな紙の上で全身を絵の具だらけにして転げ回ったり、会場のいたるところで、大人ですらふだんできないことに挑戦する、子どもたちの紅潮した笑顔があった。科学、生き物、美術、歴史民俗、地学、考古学などジャンルを問わず、これほどの数のさまざまなミュージアムの専門家たちが、子どもたちのためのプログラムを持ち寄る機会は実はきわめて稀なことだ。子どもたちにとってこれほど贅沢な時間はないといっていいだろう。

前回の仙台の会場は全体が巨大な屋内スペースに収まっていたのに対し、今回の会場は屋外がメインということで、あえて屋外ならではのプログラムを意識して準備は進められた。そのなかで会期が6月でもあることから、わたしたちの最大の心配ごとは雨だった。しかしその心配は二日間ともみごとにはずれ、芝生がひろがる広大な敷地で、子どもたちはのびのびと駆け回った。予想をはるかに超える人出と気温上昇で、敷地内の飲料水販売機の売り切れが続出してしまったのは、今となってはうれしい悲鳴であったともいえるかもしれない。

「山鹿にこんなにいっぱい子どもたちがやってきてくれてうれしい。震災後こんなに楽しいことはなかった。」という来場者の感謝の言葉のとおり、このようなイベントを行うことで被災地の人びとの気持ちをわずかでも温めることができたであろうことは、私たちが東日本大震災の後に幾度も経験してきたことでもある。私たちがSMMA参加館を代表するかたちで遠く仙台からきたのも、まさにそのためだったし、この機会に、東日本大震災以降東北の地で継続してきたこども☆ひかりプロジェクトへの恩返しをしたいという、仙台のミュージアム関係者の思いも、ここでそれなりにかなえることができたと思う。

 

こども☆ひかりプロジェクトがもたらすもの

 

2011年の大震災以来続いているこのプロジェクトは、ミュージアムならではの夢や知恵を持ち寄り、被災地の子どもたちに届けようとして続いてきたものだが、実はもうひとつ、ミュージアムと社会のつながりを深める上で、とても大きな役割を果たしてきたと私は思っている。全国からこれだけ多くのミュージアムが、こども向けのプログラムを持ち寄り、地域の学生たちとともに活動することじたい、きわめて稀なことであることは先に述べた。それは同時に、参加している各ミュージアムのスタッフにとっても、ほかの館での取り組みをジャンルを問わずに具体的に見ながら、それぞれの担当スタッフと情報交換できるきわめて貴重なチャンスであり、また地域の学生たちにミュージアムと子どもたちの接点として活躍してもらう可能性について、体験を通じて考える機会ともなってきたのだ。

こう書くと、ミュージアム業界の内輪のメリットでしかないのに、ミュージアムと社会のつながりを深めるなんてずいぶん大げさな、と笑われるかもしれない。しかしながらである。そもそもひとつのミュージアムを運営するためには、大切な作品や資料の収集・保存活動、収蔵品やその背景についての調査研究、それらの成果を作品や資料を通じて公開する展示事業、さらにレクチャーやワークショップなど多角的な手法を通じてミュージアムの意義をより幅広い人びとに拡げる普及教育や広報活動、そして施設の維持管理、運営費にかかわる業務などなど、実に多岐にわたる仕事が求められる。それをこなしていくためには、さまざまな専門性を持ったスタッフが集まり、仕事を分担して館の運営にあたらなければならない。ところが実際は、必要な人員の半分にも満たない中で、ひとりのスタッフがさまざまな仕事を掛け持ちしながら、日々の館運営に追われざるをえないのがほとんどの館の実情なのだ。いきおい館員は館の根幹を支える最低限の仕事をこなすだけで精一杯となり、館の付加価値をさらに高め、館の未来を地域の人びととともに大きく育てようとするような教育普及活動は、残念ながら後回しにせざるを得なくなる。

「こども☆ひかりプロジェクト」は、そうした全国のミュージアムの、とくに教育普及活動の現場に対して、子ども対象という視点からスポットをあて、ともにプロジェクトを立ち上げていくことで、お互いに学びあい、支え合う場をつくるとともに、学生ボランティアを募集育成し「ユース」として活動してもらう取り組みを通じて、単に人手不足を補うためというだけでなく、ミュージアムと地域社会をつなぐ普及教育活動の第三の担い手づくりにも挑んできたと言えるのではないか。

熊本でのキッズフェアの開催にあたってもそうだが、こども☆ひかりプロジェクトの活動は、さまざまな助成金や企業協賛を得て基本的な活動の枠組みを作りつつ、そこにそれぞれの館やスタッフが主体的に参加することできわめて自立的に運営されてきた。兵庫県立人と自然の博物館がもつボランティア支援体制が基盤を支えているとはいえ、資金と人材の大半は、その都度、プロジェクトへのさまざまな主体による厚意や熱意によってまかなわれており、それを維持し続ける関係者の努力は並大抵のものではない。そのようなプロジェクトであるということは、同時に参加する館あるいは学芸員側にも強いモチベーションが求められることでもある。仮にモチベーションが高くても、スタッフを派遣する余裕がない館では、それだけで参加のための敷居が高くなる。仙台からSMMAとして参加するに際しても、その意志決定まではそれなりの議論と調整が必要であった。

 

おわりに

 

東北に限らず、日本全体で見ても、東日本大震災をきっかけに始まったことは数多い。失ったものを取り戻すことはできないかもしれないが、同時にそこで学んだこと、それをきっかけに始まった新しい取り組みは、未来に向けて育て続け、活かしていくことこそが、震災による犠牲や被害の大きさに報いることになるのではないかと思う。こども☆ひかりプロジェクトは、東日本大震災から10年間続けることを目指しているとのことだが、これについても、そこで始まったこと、取り組んできたことが、プロジェクトの終了とともに忘れられてしまうのはあまりにも情けない。少なくとも、こども☆ひかりプロジェクトがその活動の最大のステージにしてきた仙台において、その成果をなんらかの形で引き継いでいくことは、仙台のミュージアムにとってとても大きな責務のひとつといえるのではないだろうか。仙台には仙台地域のミュージアムの任意の連携組織である、仙台宮城ミュージアムアライアンス(SMMA)のようなネットワークがある。単館ではなかなかできないことを地域のミュージアムが力をあわせることでできることを増やしていこうとする連携事業体である。そんなネットワークを活用することで何をどのように引き継いでいけるかは、なお議論も必要だろう。しかし今回の熊本への参加もふくめ、今後の取り組みへ積極的な参加は、今後の展開を考える上でそれなりに大きな布石にはなり得るのではないだろうか。

大会が終わって翌日帰仙するまえに、熊本在住の大学時代の友人に案内を依頼し、被害の大きかった益城町の中心部や、周囲の城館遺跡の状況を見せてもらった。津波の被害とはまた異なるものではあったが、復興に向けた取り組みのなかで、その地域の風土や歴史を引き継いでいくことの優先順位が低くならざるを得ないという現実の難しさは共通するものを感じた。このような時代だからこそ、文化を担うミュージアムの果たすべき役割はます大きくなっているはずである。

※「ミュージアムキッズフェア全国大会in熊本」の全体のレポートはこちらを参照ください。

●『ミュージアムキッズno.6』→こちらからダウンロードできます

https://www.kodomohikari.com/mkids/

●写真レポートはこちら

https://www.kodomohikari.com/mkidsfair2017-2/

佐藤泰(SMMA幹事会長)

 

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