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コラム
絵が語る動物たち

 江戸時代には、異国の動物たちが中国船やオランダ船に乗ってやってきました。幕府への献上品や諸藩からの注文品のほか、興行師の手にわたり見世物にされる動物も多かったようです。なかでも圧倒的な人気を誇ったのが象でした。
 記録によれば、日本への象の渡来は室町時代にまでさかのぼるのですが、享保13(1728)年にやってきた時の騒ぎはすさまじかったようです。長崎から江戸まで運ばれる途中、各地で大量の見物人を集め多くの出版物が刊行されました。京都では時の天皇と上皇が御所に呼び寄せ、この象を見物しました。ただし、無位無官では謁見(えっけん)がかなわないとのことで、従四位(じゅしい=官人に授けられる位階の一つ)という位まで賜ったという嘘のような話も伝えられています。

▲菅井梅関「象図」

 仙台市博物館には、江戸時代に描かれた象の絵があります。描いたのは仙台四大画家(江戸時代後期に活躍した仙台地方出身の4人の画家)のひとり、菅井梅関(すがいばいかん/1784~1844)です。梅関は運命に翻弄(ほんろう)された画家でした。仙台城下の茶舗(お茶を商う店)に生まれますが、家業を弟に任せて京都に上ります。さらに長崎におもむき、来日中の清朝の画家・江稼圃(こうかほ)に直接学ぶ幸運にも恵まれました。また、京都や大坂では頼山陽(らいさんよう)らの名だたる文人たちと交流し名声も日増しに挙がっていきました。
 そんな矢先に弟が失明するとともに母が亡くなり、家業を見る必要に迫られ仙台に戻ることになります。天保元(1830)年47歳のことでした。
 梅関は本場仕込みの文人画を仙台に定着させようと試みましたが、不幸にも天保の大飢饉(ききん)や支援者の死によりその努力は困難を極め、晩年は酒におぼれることが多かったようです。そして数え年で61歳を迎えた正月、梅関は非業(ひごう)の死を遂げました。井戸に身を投げての自殺だったと伝えられています。

 ここに紹介する梅関の「象図」は、長い鼻と牙に大きな耳、ずんぐり姿の脚に支えられた皺々(しわしわ)の巨体が画面からはみ出すほど大きく描かれた大作です。よく見ると、瞳には青い色が点じられています。
 梅関が絵画修業のため長崎に向かったのは文化10(1813)年30歳頃と考えられていますが、ちょうどこの年の出島に雌(めす)象がやって来たのです。長崎では多くの版画や絵画に描かれましたが、幕府からは受け取りを拒否され本国に戻されることになりました。この象の姿は、結局のところ長崎以外では目にすることができなかったわけです。
 晩年と呼ぶには早過ぎる、梅関の仙台時代の作品です。どこか悲しげなその青い瞳に、梅関は若き日の思い出を託したのではなかったでしょうか。

▲菊田伊徳「駱駝図」

 ラクダも人気がありました。文政4年(1821)、長崎にアラビア産の雌雄(しゆう)2頭のラクダがやって来ました。このラクダは興行師の手に移り、西国をめぐって2年後には大坂に到着します。これまで出版物の挿図などを通じてフタコブラクダだけを見てきた人々は、背中の肉峰(コブ)が一つしかないのを不思議がり、一部では贋物(がんぶつ=にせもの)と疑われたこともあったようです。
 しかし翌年に廻ってきた江戸では見世物として空前の大当たりをとることになります。「駱駝(らくだ)節」という名の流行歌にもとりあげられ、錦絵はもとよりラクダの専門書まで出版されているのです。
 掲出の「駱駝図」(仙台市博物館蔵)は、仙台藩のお抱え絵師・菊田伊徳(きくたいとく/1785~1851)がこの江戸でのスケッチにもとづいて描いたものです。さらに2年後、名古屋で見世物となった時には、ラクダのおもちゃやラクダを描いた扇子・たばこ入ればかりか、ラクダ双六・ラクダ人形・ラクダ凧・はてはラクダ水入れまで売り出されたといいます。まさに現代の玩具メーカー顔負けのグッズ開発が行われたわけです。

▲遠藤曰人「ぼんぼこ祭図」(部分)

 ところでこのラクダ、その後どうなったか定かではないのですが、北国を廻ったとの記録があります。もしや仙台にも来たのでは、と期待されるところですが、実は仙台の俳人・遠藤曰人(えんどうあつじん/1758~1836)が木ノ下白山神社の祭礼の賑わいを描いた「ぼんぼこ祭図」(仙台市博物館蔵)の中にラクダの看板が見えるのです。
 当時このラクダは多くの摺物(すりもの)などで紹介されたこともあり、仙台のような都会で見世物に贋物を出したとは考えにくく、これはやはり本物だったと考えてよいのではないでしょうか。当時の記録をたんねんに探せば、「駱駝」の2文字が見つかるのではないかと思います。ご存知の方は、ぜひお知らせください。

※菅井梅関「象図」は、2011(平成23)年12月20日(火)から翌2012(平成24)年4月8日(日)までの特集「仙台四大画家」(仙台市博物館コレクション展示室Ⅱ)で、菊田伊徳「駱駝図」は同時期開催の特集「仙台藩の絵画」(仙台市博物館特集展示室)において展示する予定です(会期中展示替がありますので、詳しくは仙台市博物館(電話:022-225-3074)までお問い合わせください)。

                                    

仙台市博物館 内山淳一

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