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SMMA見験楽学ツアー⑭「学都仙台Walker —近代高等教育のおもかげを訪ねて—」レポート

2018年11月25日(日)、仙台・宮城の知られざる魅力を探るツアー企画「SMMA見験楽学ツアー」の第14弾として「学都仙台Walker-近代高等教育のおもかげを訪ねて—」を実施しました。たくさんの応募があり、当日は23名の方に参加いただきました。

今回のツアーは、東北学院大学で学芸員課程を履修している学生により企画され、五橋から片平周辺にかけて、大学生たちによる学都仙台に関するお勧めスポットを、案内人である東北学院大学博物館学芸員の加藤幸治先生・土岐山武学芸員および東北学院大学博物館学芸員資格課程3年生たちとめぐりました。また、めぐるスポットの厳選やその場所に関する情報収集、ツアーで配布するしおりやパネルなどの小道具の作成まで、そのほとんどが学生たちにより行われました。

ツアー当日は天候にめぐまれ、雲ひとつない青空により絶好の町歩き日和でした。集合場所である東北学院大学博物館からスタートし、最初の目的地である東北学院大学本館に向かいます。


▲今回の案内人の加藤先生と土岐山学芸員、そして学生たちです。

 
▲最初の目的地である東北学院大学本館です。

今回のツアーでは学生たちが用意した大正期の古地図を使い、訪れたスポットをその地図上でも確認しながら進みました。古地図には各施設の名前が詳しく記載されており、今回めぐるスポットの多くが地図上でも名前を確認することができました。なお、今回使用した古地図は文末のしおりにも掲載されています。


▲大正期の地図上で実際に訪れた場所を探し、ピンでマーキングしていきます。

東北学院大学本館前では、学生たちの説明をメインに加藤先生、土岐山学芸員による解説が行われました。学生たちの説明では、自分たちが調べた内容をわかりやすく、そして面白く参加者の皆さんに伝わるように工夫を凝らした説明がなされました。

たとえば、東北学院大学本館の建設費である当時の金額で33万円という金額は、当時の豆腐が1丁5銭なので、660万個買えることになり、5人家族で1日に1人1丁、365日食べ続けても3600年以上かかる金額だそうです。

また、東北学院大学本館と正面から見て右手にあるラーハウザー記念礼拝堂、左手にある大学院棟(旧シュネーダー記念図書館)の3棟は1926年から1953年にかけて建てられ、この3棟の配置については建設計画の発案者であるシュネーダーにより「本館を中央にして、東側に図書館、西側に講堂を兼ねた礼拝堂を置き、知識の訓練と霊性の訓練の実現を目指す」という意図のもと配置されたということです。この配置は仏教における伽藍配置に近いものがあるとのことでした。


▲学生たちが自分たちで調べ、考えた解説がこのツアーの見どころのひとつです。

続いては同じく東北学院大学の敷地内にある東北学院旧宣教師館(デフォレスト館)です。キャンパスの西側に位置するデフォレスト館は1887年に建てられ、宣教師デフォレストが生活を送っていた洋館で、2013年に国の登録有形文化財に登録されました。このデフォレスト館は仙台市最古の宣教師館であり、所有者・居住者の変化に伴い改造や改修が行われました。また、家に居ながら広瀬川を眺めることができる米ケ袋一帯は、当時の外国人説教師や英語教師が暮らす場所として非常に人気だったそうです。


▲現在、デフォレスト館は東日本大震災の影響で、内部へは立ち入り禁止ですが、外観は見学可能です。

東北学院大学土樋キャンパスを後にし、学生たちの先導で、片平丁へ向かいます。次の目的地は東北大学体育館です。この体育館はもともと仙台陸軍飛行学校の格納庫だったものを戦後移築したものです。体育館の前では学生たちがパネルを使用し、体育館の全体像や移築した当時のものであることが伺える体育館の扉に旧字体で書かれている「中央體育館」という文字を見てもらいました。

 
▲パネルを使った解説と学生たちが作製した写真パネル

一行は旧制第二高等学校跡へ移動します。ここでは学生から旧制二高の概要や歴史、当時の学生の様子などが解説されました。学生の説明や旧制第二高等学校跡に建つ記念碑、蜂章の碑などに参加者の皆さんも興味津々でした。


▲学生による解説や記念碑などを眺める参加者の皆さん

旧制第二高等学校跡を出て馬上蠣崎神社を目指し片平丁沿いを歩いていきます。道中も学生たちが参加者の皆さんと楽しくおしゃべりをしながら進みました。

道中の片平丁小学校周辺には野面積みと切り石積みの石垣が残っています。この石垣は藩政時代から存在するもので、かつてこの一帯は伊達家の重臣の屋敷が存在していたとのことです。


▲学生と参加者の皆さんのおしゃべりも弾み終始和やかな雰囲気でした。

馬上蠣崎神社では土岐山学芸員による解説が行われました。ここは昔、良覚院という仙台藩の祈祷寺があった場所で、その名残として修験道の祖と言われる「役行者小角(えんのぎょうしゃおづぬ)」と、その弟子である「前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)」の石像が残っています。

また、馬上蠣崎神社の由来については、伊達政宗の愛馬「五島(ごとう)」が老齢で役に立たなくなったことを嘆いて、本丸の崖から身を投じて死んでしまったことを政宗が哀れみ、落下した蠣崎の地に馬上蠣崎神社を建てたものが、1885年に仙台の第二師団司令部の要請で現在の地に移されたということです。


▲境内の様子や馬上蠣崎神社

▲「役行者小角」と「前鬼・後鬼」の石像

馬上蠣崎神社で少し休憩をはさんだ後、最終目的地である東北学院大学サテライトステーションに向かいます。この東北学院大学サテライトステーションは、東北学院大学が1886年からはじまった仙台神学校という私塾から、学生の増加に伴い、1891年に東北学院と改称した際に神学部校舎が建てられた場所に建っています。そのため、建物の前には「東北学院発祥の地」という石碑が建てられています。


▲「東北学院発祥の地」の碑

ここではツアーの振り返りとして、この日訪れた場所の昔の写真などを見ながら、各写真についての解説や質疑応答が行われました。そこでは、赤レンガで建てられた東北学院神学部校舎が、市民の称賛の的で、仙台で最も美しい建物のひとつとして知られていたということや1926年に建てられた東北学院大学本館が、その白さから「白亜の殿堂」と呼ばれたということなどが説明されました。

また、書斎でのデフォレストの写真が紹介され、彼が仙台にあった東華学校の教師であり、退職後も仙台に留まり、デフォレスト館を中心に宣教活動や日米の新聞へ記事の投稿を続けたという、デフォレスト本人に関する解説も行われました。


▲スライドショーによる解説と質疑応答に応える学生たち


▲最後に大正期の地図上の東北学院神学部校舎にピンでマーキングし、今回のツアーは終了しました。

学都仙台にまつわるスポットをめぐる今回のツアーは学生たちのアイデアや努力が活かされ、見ごたえのある企画でした。参加者の皆さんも大変喜ばれ、大成功でした。

また、今回歩いた五橋から片平周辺にかけては、学都仙台に関するもの以外にも、歴史に触れることのできる場所がたくさんあります。普段なら見過ごしてしまうもの、気に留めず通り過ぎてしまう場所も、ちょっとゆっくり歩いてみると新たな発見が待っているかもしれません。

※ツアー当日、参加者の皆さんに配布したしおりはこちらです。↓

(東北学院大学博物館 学芸研究員:佐藤匠)

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