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SMMA東日本大震災 ミュージアム被災と復旧レポート
仙台・宮城ミュージアムアライアンス事務局
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(せんだいメディアテーク内)
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コラム
杜を映す知の拠点へ

fig.1

たとえば寒さがゆるんできたら、定禅寺通りのせんだいメディアテークを訪ねてはいかがでしょう。土のぬくもりを感じながらグリーンベルトを抜け、晩翠通りを越えると、それはあります。

メディアテークは建物の四方が透明度の高いガラスで覆われており、全体が青緑色をおびています。とりわけ定禅寺通りに面した南壁は、ダブルスキンと呼ばれる二重のガラス構造です。近づくにつれ、ガラス面に映るケヤキの枝が幾重にも重なり、ゆらめくさまが見られるでしょう。木々の鏡像は、街にもう一つの風景を見せてくれます(fig.1)。

そして館内へ入ると、チューブと呼ばれる13本の柱が床と天井を支えています。

fig.2

大小さまざまな形でゆるやかに曲がり立つ姿は樹木を思わせ、まるで巨木の森に立ち入ったかのよう(fig.2)。3階の市民図書館へあがれば、ケヤキの梢が間近に見え、木の上で読書をするような気分にさせてくれます。

ところでこのケヤキ並木は、杜の都・仙台を象徴する風景として定着しています。「杜」の字は、天然林をさす「森」に対し、人の手で植えられた鎮守の森を意味します。伊達政宗の時代から、仙台藩の積極的な植林策により、武家屋敷周辺に防風・防雪・防火といった目的で植えられた屋敷林が普及し、「杜の都」と呼ばれるルーツになったのです。仙台空襲によりこれら屋敷林は失われましたが、戦後、青葉通りと定禅寺通りにケヤキが植えられ、屋敷林にかわり杜の都のシンボルとなりました。

また現在の定禅寺通りは、9月の定禅寺ストリート・ジャズ・フェスティバル、12月の光のページェントなどのイベント会場としても知られます。その布石となったのが、1979年から86年にかけてグリーンベルトに設置された3点の野外彫刻でした。仙台市がイタリア人作家を現地へ招き、「ここの景色に合う作品を」とオーダーメイドで造られたものです(一人だけ、飛行機嫌いで仙台に来られなかった作家もおりますが)。たしかにエミリオ・グレコの《夏の思い出》のしなやかな肢体などは、根を張り枝を伸ばすケヤキと呼応し、人や自然の生命力を感じさせます(fig.3)。

fig.3

かつて晩翠通りから西側は店舗が少なく、少し寂しいエリアでした。それが、野外彫刻という文化的シンボルを備え、メディアテークという知と文化のアクセスポイントも加わり、この界隈はより多くの人々が行き交うようになりました。

柔らかい木漏れ日を映すメディアテークへ、話を戻しましょう。1階のオープンスクエアは、可動壁で囲ってイベント会場にしたり、ベンチを配して開放したりと、さまざまな形で人々が遊動する場となっています。歩いて横切る、立ち話をする、食事をするなど、人々が思い思いに過ごす光景は、さながらヨーロッパ建築の回廊のよう。建物の中でありながら往来のような雰囲気なので、私たちを通りから館内へと自然にいざなってくれるのが魅力です。

震災後閉鎖していた7階フロアも復旧し、1月27日より全館再開となります。梢を飛び渡る小鳥のように、図書館やギャラリーなど、メディアテークの各階をめぐってみてはいかがでしょう。杜のケヤキを眺め、知の森にあそぶ。ここならではの時間を過ごすことができるはずです。

fig.4

松葉里江子(せんだいメディアテーク/SMMA仙台・宮城ミュージアムアライアンス事務局)

Photo:越後谷出(fig.1,4)、村井修(fig.3:『杜の都の彫刻・12人展』より)

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