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SMMA東日本大震災 ミュージアム被災と復旧レポート
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コラム
お猿電車で行く博物紀行Vol.1 せんだい動物園事始め

がったんゴトゴト、がったんゴトゴト、キキキーッ!ちわっ!おいらはお猿電車の運転手、ニホンザルのデン吉だよ。昔は人気者だったおいらも最近じゃ遊園地でも雇ってくれないから、時空を超えていろんな珍しいところに行ったり来たり。おいらの気まぐれな旅に付き合ってみるかい?さ、ついといで!

ここは昭和11年3月28日の東京は浅草花やしき。ライオンや象、オットセイ、インコたちが檻に入れられて田端駅まで運ばれている。この動物たちはこれから仙台に行くんだ。浅草五区の花やしきは、大正から昭和のはじめ日本有数の動物園がある遊園地として人気があった。でも、関東大震災の時に市民の避難所となり、安全確保のために泣く泣く動物を薬殺するということもあった。その後動物園は復活したものの、戦時下で維持は難しいと今度は動物たちをまるごと仙台市に売却することに。都会で猛獣を飼うのは本当に難しい。戦争で犠牲になった動物の話を聞いたことがあるだろ。今度の震災では八木山動物園で飼育員のみんなががんばって動物の命を守ってくれたそうだ。動物を代表しておいらからもお礼を言うよ!

さて、動物たちを乗せて田端駅を出発した貨物列車は18時間近くかけて翌日仙台駅に到着。花やしきから世話係が3名便乗して、4両の貸切貨車で運んだ。蒸気機関車が牽引したのは常磐線かな?いずれ大がかりな猛獣輸送プロジェクトだったに違いない。仙台市民の歓迎ぶりもすごかった。なにしろ仙台駅の貨物ホームに一目見ようという群衆が詰めかけて、交通機関も立ち往生したらしい。動物たちは列車から20台ものトラックや荷馬車に積み替えられ、評定河原に建設されたばかりの動物園まで立町青年団音楽隊に先導されてパレードをした。沿道は沢山の市民で埋め尽くされ動物園まで続いていたそうだよ。
評定河原にできた「仙台市動物園」は、その年4月1日に開園。その以前も西公園や東公園(榴岡公園)にも小さな動物園があったらしいけど、ここが仙台で最初にできた本格的な動物園だった。花やしきの動物たちに加えて、ライオンには上野動物園からお嫁さんがプレゼントされ、関西からは水牛や大蛇もやってきた。8,146坪の敷地に飼われていた動物は約300匹。
動物園の運営を所管したのは、仙台市電気水道事業部電車事業所。当時走っていた市電と連携して、市電の中で動物園の切符も買えたんだ。片平の電停で降りて、動物園まで歩く。太白区富沢にある仙台市電保存館には動物園の観覧券付き乗車券が展示されているよ。観光客の集まる七夕期間は納涼切符を発行して動物園も夜10時まで開園したそうだ。

動物園創立記念
仙台市動物園創立記念観覧券(仙台市交通局所蔵)

だけど大人気だった評定河原の動物園も戦争の影響で昭和20年に閉園を余儀なくされた。戦後昭和32年広瀬川河畔の三居沢に動物園が復活、その後昭和40年に現在の八木山動物園へ移転という歴史があるんだけど、この話はまた今度!今日はここで終点で〜す。チンチーン。

デン吉(サル語通訳・すずき佳子)

 

【今日立ち寄った文献】
・河北新報 昭和11年3月29日〜4月1日の記事
・「仙台市交通事業50年史」(昭和54年11月25日、仙台市交通局 編・発行)
・「郷土人としての仙台の珍談奇談②」(平成2年10月16日 田村昭 著)
・「仙台市学事一覧. 昭和16年度」(昭和16 仙台市 編・発行)
・wikipedia 浅草花やしき

 

すずき佳子(東北福祉大学・鉄道交流ステーション
※このコラムは平成23年11月発行の「旬の見験楽学便」に掲載されたものです。

 

 

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