

[テーマ]
蒐集の宇宙
[日時]
2009年12月19日 16:00~18:00
[会場]
せんだいメデイアテーク オープンスクウェア
[出演]
飯沢 耕太郎(写真評論家・きのこ文学研究家)
永広 昌之(東北大学総合学術博物館長)
佐藤泰(せんだいメデイアテーク副館長)
![]()
- 佐藤
- 今回のテーマは「蒐集の宇宙」ですが、では、メディアテークは何を蒐集しているのか。図書館の本とか、デジタルアーカイブとかもあるのですが、博物館で展示しているような膨大な資料とか作品であるとかのコレクションということとは違って、どちらかといえば情報の蒐集ということになるのでしょうね。ここにパソコンがあって、パソコンの中にソフトを入れるとパソコンが動くみたいな構造を想定してみてください。メディアテークは、そのパソコンに当たるわけで、そこにどういうソフトを入れるかによって、いろいろな働きをするといったような場所なんですね。
ですから、メディアテークには手持ちのコレクションがないのですが、知的な活動を行う場としていろいろな人の出入りがあり、それがある意味コレクションというか、非常に重要なソフトなわけです。今回は、そのソフトの代表的なお一人である飯沢耕太郎さんにおいでいただき、膨大なコレクションを持つ東北大学とのクロスを設定しました。
ちなみに、私自身は、コレクションというものをしたことはないんですね。それを楽屋でお二人に話したら、「いや、男の子は普通やるものだ」「お前、おかしいんじゃないか」と言われました(笑い)。そうなのでしょうか。今日おこしの皆様のなかで、自分
でコレクションしているとか、したことがあるという方、ちょっと手を挙げていただけますか(数人が挙手)。そうですよね、そんなにいらっしゃらないですよね。 - 飯沢
- いやいや。やっぱり、いらっしゃるじゃないですか。
- 佐藤
- 楽屋の話では、男性のコレクションを作る率が高いんだということでした。私は、それにはちょっと疑問なんですが、それはともかく、まずは、お二人に、どんな蒐集をなさっておられるのかから話していただければと思います。
それぞれに長くなるかもしれませんが、「何を」の中に、たくさんのことが含まれているはずですので、じっくりとおつきあいください。 - 飯沢
- 私は、写真評論家ということで四半世紀活動しておりまして、最近も河出ブックスから『写真的思考』という評論集を出したりしています。その一方で、去年くらいから、「きのこ文学研究家」というもう1つの肩書きを付けられたんですね。
よく、「何で、そんなに夢中になってキノコのことをやっているんだ」とかのご質問を受けることがあるんですが、実は、20年くらい前にですね、キノコというものが気になった時期があって、『茸日記 Mushroom Diary』(三月兎社。1996年6月)という詩集を出したことがあるんですね。顔がキノコになったりする絵とか、ちょっとシュールレアリスムなコラージュを入れたりしている作品なんですが、これをきっかけにキノコの絵をたくさん描いた時期がありました。この時、多分、キノコの胞子が入ったんですね。
その後、ずーと忘れていたのですが、6~7年くらい前ですかね、ふとですね、また思い出す機会があったんですね。たまたまベトナムを旅行した時に、ホーチミン市(昔のサイゴンですね)の路上で切手屋さんが店を出していたんです。で、思いついて、キノコの切手ってあるんですかって聞いたら、あるって言う。明日、同じくらいの時間に来ればキノコの切手、届いていますよと言うので、「あ、そうか」と。行ってみたら、この切手が出ていたんです。これはちょっとすごいなと。この「すごいな」という感覚、これから何かを始めようというときのワクワク感というのは、コレクターの方なら誰でもご存知だと思うんですけれども、このベトナムのキノコ切手を見つけた瞬間というのは、大げさにいうと、神の啓示を受けたみたいな感じなんですね。この時、ベニテングタケという独特な紅色の毒キノコ切手とか、アミヒカリタケという非常にきれいに光るキノコとかの切手を見つけ、キノコの持っている面白さみたいなものに開眼して、一気に発芽したんですね。キノコが頭の中に入ってきた。
キノコというのはご存知のように、胞子が入ってくると、菌糸という、ちょっと細長い細胞などを伸ばしてですね、土の中で生きているわけですね。それがだんだん、菌糸が伸びてくると固まりになって、そこから、子実体というんですけれども、植物でいうと花に当たるものが伸び、キノコが地面の上に生えてくる。この、菌糸が伸びている時期が潜伏期なんですが、コレクションというものにも、気になり始めて、それを集め始めるまで、潜伏期があるんですね。それが短い場合もあるし、長い場合もあるんですけれども、キノコに関しては、僕の場合20年くらい、ずーっと潜伏していたのが、ベトナムでの出会いで再び発芽したんですね。帰ってきて、切手屋さん、海外の切手を扱っているところとかを回り始めたんです。スペインで出ているキノコ切手のカタログも手に入れ、そのカタログに載っているものは全部集めようと思って、オークションに行ったりとか、いろいろ手を尽くしました。ちなみに、日本のキノコ切手はどのくらいあると思いますか。これが、1種類しかないんですよ。1974年、「第9回国際食用キノコ会議」という会議が日本で開かれたのを記念してできた切手で、シイタケの図柄の切手で、デザインもだめですし、ものがシイタケですからキノコ切手マニアにとってはそれほど価値がないんですね。
それはさておき、そうしてまとめたのが、『世界のキノコ切手』(プチグラパブリッシング。2007年10月)という本なんです。全世界にキノコの種類は5000種類から6000種類くらいあるといわれていますけれども、3千3百種類くらいは集めたでしょうかね。
世の中には僕みたいな生半可なコレクターではなくて、そのことに生涯をかけ、命を賭けている人もいるわけで、たとえば石川博己さんという方(農林省のお役人だった方なんですけれども)は、コンプリート・コレクション、つまり世界のキノコ切手を全部持っているんですね。この本では、その方との対談も収録し、監修もしていただきました。
そうして1冊の本にまとめたことだし、自分にとってのキノコブームは終わりかなと思っていたら、それが終わらなかったんですね。そのあと気になり始めたのは、キノコ文学です。キノコについて書かれた小説とかエッセイとか、短歌とか俳句とか、漫画とかですね。そういったものは、どのぐらいあって、どんなふうになっているのかということが気になり始めたんですね。で、その最初の出会いは、泉鏡花の『茸の舞姫』でした。キノコのお姫様が舞い踊るという小説があるということをネットで知り、図書館から借りたのが始まりです。幻想的で、ちょっとエロチックな部分もあって素晴らしい小説だったので、泉鏡花にはほかにもキノコの小説があるのかなと調べてみたら、『雨ばけ』、『小春の狐』、『木の子説法』と4冊も書いている。一種のキノコ狂いだったということも分かってきて、そこからキノコについて書かれている小説を集め始めたんですよ。これが、思った以上に広がりがあるんですね。日本の文学者でいうと、泉鏡花のほかには、宮沢賢治が3つ、北杜夫さんが2つ書いているほか、中井英夫さん、夢野久作、稲垣足穂、現代小説家だと小川洋子さんなど、キリがないくらいなんですね。外国文学だと、もちろんルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』とか、調べれば調べるほどキノコ文学の面白さにはまってしまいまして、これも2年くらい集めました。で、2008年12月に『きのこ文学大全』(平凡社新書)という本を出し、全部で150項目くらいにわたってキノコ文学のことを書き、キノコ文学ノートというところにアイウエオ順に引用文を並べるということをしました。
僕の場合、2、3年集中して蒐集するということが多いのですが、キノコ文学の発見というのは続いていて、今も日々、蒐集をしています。
キノコの蒐集といっても、山にキノコ掘りに行くわけではありません。「書棚のキノコ狩り」と呼んでいるんですけど、本屋さんとか図書館とかをめぐりながらですね、この辺にキノコ文学があるんじゃないかなと、当たりをつけていく。非常に体力を使いますけれども、実は、キノコに関して「キノコ目」という言葉があって、名人になってくると、いろんなところに隠れているキノコというのをパッと見つけ出す。誰よりも早く見つけ出す、そういう「目」ができてくると言われるんですよ。そのキノコ目が身についてくると、キノコの方から「こちらへおいで」と呼んでいるみたいな感じで、現れてくるらしいんですね。僕もだんだん、本に関するキノコ目ができてきたんですね。
キノコ文学といっても、『キノコ』とタイトルがついている小説なんてほとんどありません。たとえば小川洋子さんの『薬指の標本』という小説にはキノコの標本が出てきて、キノコ文学のなかでもなかなかいい小説なんですが、『薬指の標本』というタイトルだけでは分からないでしょう。でも、僕には分かるんです。なんとなく、この本の中にはキノコが生えていそうだなと感じられるんです。最近では、自分でも感心したんですけれども、『プロフィエフ短編集』(群像社)という本から、『毒キノコのお話』という、ちょっと『不思議の国のアリス』みたいな話で、女の子がベニテングタケの妖精みたいなのに誘われて、ベニテングタケの王国に一緒に行くという話を見つけました。プロコフィエフというのは、『ピーターと狼』とか、『ロミオとジュリエット』とかいった、子供向けで、音楽の時間に流れているようなクラシック音楽を作った人なんですが、小説も書いていたんですね。本棚に、この短篇集を見つけた時、これは怪しいぞ、と。なぜ怪しいかというと、世界の民族の中で、一番キノコ好きな民族、キノコ民族は、ロシア人、つまりスラブ民族なんですね。彼らはキノコに対して、ものすごく愛があって、ちょっと狂ってるところがありますね。キノコ狩りに行くというのは彼らの年中行事なんですね。プロコフィエフは、そのロシア人であると。そして、僕に言わせると、プロフィエフの音楽というのが、どうもキノコ的なんですよ。どこがキノコ的かというと、それはなかなか難しいところなんですが、そういう風なにおいがするということで、開けてみたら、ありました!そういうときは狂喜乱舞するわけです。あった、あった、と。
そんな風にしてキノコ文学をせっせと集めているわけですが、キノコは意外なところに意外な形で生えているという気がするんですね。文学だけではなくて、たとえばキノコ映画とか、キノコ音楽とかですね。いわゆるキノコグッズのようなものもありますし、本当にいろいろな形でキノコは生えているわけです。話が長くなっていますが、この際、最近集めたキノコの音楽をご紹介してみましょう。まず、これを聴いてください。 - (歌)ききき、きのこ、のこのこ…雨がふるたびのびてくる…き、き、きのこは生きている…
- これは『きのこ』という歌です。童謡で、よく幼稚園なんかで教わるらしくて、この子もたぶん、幼稚園で覚えたと思うんですが、このあとがいいんですよね。
- (歌)生きてる、生きてる、生きてる、きーのこーは生きてるんだよ
-
という素晴らしい詞は、まど・みちおさんという方が書いているんです(くらかけ昭二作曲)。まどさんは『ぞうさん』などの名作童謡を書いている人なんですけれども、こういう歌が子供の頭の中に胞子としてまき散らされて、この子は将来、僕のように、キノコについて集めたりするかどうかわかりませんけれど、なんとなく印象に残っているということは、結構ありうるかもしれない気がするんですよね。
もう1つは、アメリカの西海岸を中心に活動したジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)というロックグループの、『シュルレアリスティック・ピロー(Surrealistic Pillow)』という、 ちょっと変わったタイトルのアルバムです。「シュールリアスティック(超現実主義的)な枕」というんですね。で、その中に、「ホワイト・ラビット(White Rabbit)」という曲があるんですが、ちょっと聴いていただきましょうかね。 - ~~~ 音楽 ~~~
-
グレース・スリックというボーカルの女性が自分で作った曲なんですが、この「ホワイト・ラビット」というのは『不思議の国のアリス』を元にしているんですね。『不思議の国のアリス』の第5章に「芋虫の忠告」(訳書によっては「青虫の忠告」)という場面があって、芋虫がキノコの上に乗って水パイプを吸っている。アリスはその時、身長が小さくなっているんですね。8cmくらい。で、キノコの上に乗っかっている青虫に、「もっと大きくなりたいの」とか言うと、青虫はキノコを指さして、「このキノコの片側を食べると、体が大きくなる。片側を食べると体が小さくなる」という謎めいた言葉を残して去っていく。それで、アリスはキノコのかけらを取って、口に入れると、突然体がガーンと縮んじゃって、顎が足にぶつかっちゃう。で、あわててもう片側を食べると、今度は体が大きくなり、首が蛇みたいに伸びて、木を突き抜けて、森のハトかなんかに「蛇ー!」なんていわれる。『不思議の国のアリス』の中でも有名な場面で、ディズニーのアニメなんかにも出てくる場面ですね。これが実はマジック・マッシュルームという、幻覚性のあるキノコが土台になっているんです。この茸を食べると、体が伸びたり縮んだりとか、色とか空間がゆがんだりとか、そういう体験をするというのは、ずっと昔から知られていて、たとえばシベリアのシャーマンたちというのは、そういうキノコを使ってトランス体験をするということがあるわけです。そのことを、ルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』を書いたときに知っていた。だからキノコというアイテムを登場させて、アリスにそれを食べさせているわけですね。それから約100年後、1960年代になって、アメリカの西海岸でもう1回、マジック・マッシュルーム・ブームが起きるんです。今は禁止されているですが、当時は若者たちがキノコを食べて、トリップするというようなことはけっこうあって、この歌はそれを背景にしているんです。
長々と話してきましたが、こういったコレクションで、僕は何をしようとしているのか。今の野心というか野望というのは、古今東西のキノコ文学とか、キノコについて書かれたものとか、音楽とか、映画とかを集めて、キノコというものが我々人間にどういうイメージを与えるのか、それがどんなふうに展開していくのか、ということの見取り図を作ってみたいということなんですね。で今、必死になって材料を集めているところなんですね。直近のものでは、『文學界』(文藝春秋)という雑誌の2009年1月号から「キノコ文学の方へ」という連載を始めました。1回に20枚くらい書いているんですが、それを1年か1年半くらい続けて、そのうち本にまとめたいと思って、今もキノコの書棚とか、レコード屋さんとかをまわって蒐集活動を続けているというところです。
![]()
- 佐藤
- ありがとうございました。このままずーっと半日くらいキノコの話ができるのでしょうが、いったん終わらせていただいて、続いて永広先生、お願いいたします。
永広先生は東北大学総合学術博物館の館長でいらっしゃいます。地質学、それに伴う古生物学といったところがご専門でいらっしゃいますが、まずは、東北大学の博物館はどんな目的で、どんな蒐集活動をされているのかからお話しいただきたいと思います。 - 永広
- 東北大学の総合学術博物館は、東北大学が所蔵している標本を管理し、活用することが主たる役割となっておりますので、飯沢先生のように縦横無尽に話をするというわけにはいきません(笑い)。でも、私の個人的な話も多少加えながら、総合学術博物館がどのような役割を果たしているのか、あるいは東北大学がどのように標本資料を蒐集しているのか、といったことを簡単にご紹介したいと思います。
私の専門は、理学部の中の地質学、古生物学という分野です。研究内容は、一言でいうと、東アジアの地質構造発達史(と聞いてもなんだかよく分からないでしょうが)というものです。日本も含む東アジアの地質はどのように作り上げられていったのかということを大きなテーマに、主として、日本のなかの北上山地(宮城県東部から岩手県東部にかけて広がっている山地)を対象に、調査、研究を行っています。ここは、大体5億年くらい前にできた大陸で、その上に大体5億年から1億年くらい前の間、浅い海でできた地層がつくられ、その中に日本列島がつくり上げられてきた歴史が残されています。そこを地層の研究から解き明かそうというのが私のテーマです。
皆さん、大学の研究者は、大きな目的を持って、ある一筋の道を歩んでいるのではないかと思われているかもしれませんね。もちろん、そういう方もいらっしゃるのですが、研究者の中には、時々寄り道をしたり、あるいは途中で進む方向を変えたりということもあります。研究の流れの中で必然的に変わっていくという場合と、偶然性がいろいろいたずらをして進む道が少し変わっていくというような場合とがあります。私の場合は、どちらかといえば後者のほうです。最初は古生物がテーマで、野外に出た時は化石の採集もしていましたが、それが目的ではありませんでした。アンモナイトの世界的な研究をしていた大先輩が共同研究者となっていたので、アンモナイトの化石の研究などは、お任せしていました。ところが、その方が若くして急に亡くなられ、それに代わられる方もおられなかったので、やむなく、自分でやったことのない分野の研究を始めたという経緯です。で、いつのまにか、その部分がどんどん広がってしまい、今では、アンモナイト化石が研究の中で6割から7割くらいを占めるようになっています。
現在、私が東北大学総合学術博物館という組織にいるのも、そういう流れによるものだったと言えるでしょう。というわけで、次は、東北大学はどんなものを蓄積しているかということを簡単にご紹介しましょう。 -


